大学院授業[2022年度]

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全教員 文化人類学コース全体ゼミ(通称「水曜ゼミ」)- 通年

※ 2022年度より始まった新科目

文化人類学コース所属の教員と大学院生が集まり、大学院生が順に個別発表を行なっていく全体ゼミ。その目的は、大学院生各自が議論と対話の中で自身の研究を発展させてゆくことであり、また、自身の研究を多様な視点(狭義の文化人類学の枠には必ずしもこだわらない)から眺め直しつつ、しだいに強靭な思考力を身につけてゆくことである。

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藏本龍介 宗教とジェンダー(A1-A2)

 「ジェンダー」とは、身体的差異に意味を付与する規範――男/女とはなにか、男/女として何をすべきか(すべきではないか)、性的欲求とはどのようなものであるべきかなど――である。こうしたジェンダー規範は、「宗教」と呼ばれる諸規範と不可分な関係にある。つまりジェンダー規範は、各種の聖典や伝承によって根拠づけられ、権威づけられることによって、私たちを取り巻く世界、そして私たち自身の創造に大きく関わっている。それでは実際に、どのようなジェンダー規範があり、それはどのように理解・実践されているのか。その結果、どのような世界や生き方が創られているのか。この授業の目的は、これらの問題について、人類学的な観点から考察することにある。

 ジェンダー研究と宗教研究は長らく、互いを無視し合うような「二重の盲目(Double Blindness)」(King & Beattie eds. 2004 Gender, Religion & Diversity)の関係にあった。ジェンダー研究からみると、宗教研究は宗教の名の下に男女間の差異や不平等を正当化しているようにみえる一方で、宗教研究からみると、ジェンダー研究は宗教が担ってきた伝統的な規範を軽視しているようにみえるからである。ジェンダー研究と人類学の間にも、「気まずい関係(awkward relationship)」(Strathern 1987 An Awkward Relationship: The Case of Feminism and Anthropology)があるとされる。ジェンダー研究が「他者(男性)」による抑圧への自覚や社会的不正への怒りや抵抗を要求する傾向にあるのに対し、人類学は「他者」との経験の共有や一体感を目指す傾向があるからである。そこでこの授業のもう一つの目的は、「ジェンダー」「宗教」「人類学」というテーマを突き合わせることによって、それぞれの研究分野の新たな可能性を模索することにある。

 以上のような問題意識を踏まえ、この授業では、主に人類学の諸文献の講読を通じて、宗教とジェンダーの関係を、理論と事例の両面から検討する。購読文献は、受講生と相談の上で決定する。授業の序盤では入門的な文献を取り上げる予定なので、この分野の初学者の受講も歓迎する。なお、この授業はA1ターム科目であるが、同名のA2ターム科目と一連のものとなっている(各1単位)。A1タームでは理論的な文献を、A2タームでは学生の関心に応じて民族誌(事例研究)を取り扱う予定である。

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関谷雄一 入門ゼミ - 開発の人類学 (S1)

 文化人類学は植民地主義と伝統文化の消失を導きかねない社会開発の現象に対し早くから警告を発し、批判もしてきた。一方、20世紀の中盤を超えたあたりで、徐々により良い社会開発の在り方を探るためにこの学問の知見が応用・活用されるようにもなった。その取り組みは開発実践に相対的なものの見方と、住民参加型の姿勢とノウハウをもたらした。20世紀終盤には、開発を脱構築して現象そのものを批判的に見つめる視点が登場する。今世紀初めには、開発現象を、より現場目線から見つめ直して取り組むための考察と実践を導く。

 本授業では主として社会開発と文化人類学とのこれまでの関わり合いを開発の人類学ととらえ、この領域でどのような議論が展開されてきたかを考察する。さらに余力があれば最新の研究に関しても考察を広げてゆく。

関谷雄一 開発の人類学 入門(講読・演習編)(S2)

 本授業では、S1ターム開講の「入門ゼミ」の講義内容を踏まえ、関連する民族誌や研究論文の講読を行っていく。

関谷雄一 現代アフリカの消費文化と開発 (A1-A2)

 アフリカは、世界で最も急速に成長している消費者市場の一つである。近年、家計消費は国内総生産(GDP)を上回る勢いで伸びており、GDPの年平均成長率は常に世界平均を上回っている。アフリカ大陸における豊かさの増大、人口増加、都市化率、インターネットや携帯電話へのアクセスの急速な普及を考慮すると、そのような勢いがあることは頷ける。本講座ではアフリカにおける消費文化の特徴を捉えながら、アフリカの経済開発を支えるその原動力について考察する。

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塚原伸治 現代民俗学の分岐点を読む (S1)

 20世紀末、日本の民俗学者たちは曲がり角に立っていた。学問の根幹でもある対象・方法・視点について次々と疑義が提出された結果、民俗学は存続の危機すら連想されるような状況に陥ったのである。そのような危機に対して民俗学者は試行錯誤を余儀なくされたが、その後の民俗学の転回のための様々な道具立てを用意したのもまた、この試行錯誤の成果であった。この授業では、民俗学が試行錯誤を余儀なくされていた2000年前後を読み直すことで、日本の民俗学の現在地を再確認することを目指す。

塚原伸治 複数の民俗学—ドイツ語圏民俗学の転換、あるいは民俗学の日常学化をめぐって— (S2)

 民俗学は、国際的・学際的な研究動向のなかで位置づけられる近代科学の側面と、それぞれの地域における国民国家形成やナショナリズムの高まりの過程で生み出されてきた、ヴァナキュラーな思想体系としての側面をあわせもっている。これらの特徴から、各地域の民俗学はそれぞれに独特の色合いをもって展開してきており、ながらく各国の民俗学は共約不可能なものとされてきた。しかし、ここ近年、このような民俗学の特性を積極的に自覚しながら、国際的な民俗学の研究動向をとらえ直す試みが盛んになっている。

 本年度は特に、ドイツの現代民俗学について扱う。ドイツ民俗学は20世紀前半において国家社会主義と結びつき、第二次世界大戦中には戦争協力も辞さない姿勢を取ることで大きく力を伸ばした。その結果として、大戦後にはきわめてシリアスな自己批判を余儀なくされたドイツ民俗学は、伝統文化の本質主義的研究から脱し、現代の日常生活を真正面から捉える学問へと転換した。このドイツ民俗学の再生は、試行錯誤を続ける日本の民俗学においても、強力な参照点として影響力を持っており、ここから学ぶことは非常に多い。まずは両者の違いを虚心坦懐に受け止めながら、改めて日本の民俗学を国際的な動向の中に位置づけることを目指したい。

塚原伸治 民俗誌と歴史研究―歴史民俗学再考― (A1)

歴史(学)的な視点による研究は、日本民俗学の特徴ともいうべき一群の研究動向を作ってきた。とくにこの授業では、比較的小さなまとまりをもった地域社会のフィールドワークにもとづく民俗誌的な研究をしつつ、歴史研究を志向するいくつかの論考を読むことで、民俗学のエスノグラフィー(民俗誌)の特徴について考えてみたい。

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津田浩司 入門ゼミ - フィールドワーク論 (A1)

 「他者」を理解するための学問である文化人類学において、その「他者」と「自己」をつなぐための方法論的支柱はフィールドワークである。一般に、調査対象者の生活空間の只中に身を置き、長期間にわたり聞き取りや観察を積み重ねることが「人類学的フィールドワーク」であるとされ、そうして得られたデータを「エスノグラフィ(民族誌)」にまとめることが、人類学の仕事であると理解される。この分野入門ゼミでは、フィールドワークをすること(およびそれとシームレスにつながるとされるエスノグラフィを書くこと)をめぐる論点を提示し、解説をした後に参加者と議論をする。

 特に大きな論点となるのは以下の2つである。

・人類学的フィールドワークの特質は那辺にあり、またそれはいかなる推論・説明様式と結びついているか?

・「他者(のこと)がわかる」とはどのようなことなのか、それはどのような認識論に基づいているのか?

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中村沙絵 文学と民族誌 (S1)

 人類学は、一方では実証性や客観性を非常に重視しながらも、他方ではその成果たる民族誌はしばしば旅行記や回想録、文学作品と重なる性質を含んできた。近年ではとくに、人間以外の存在もふくめた世界を描き直す試みのなかで、客観的な「事実」としては扱いづらい経験や出来事もふくめて読者と共有しうるような民族誌の表現も模索されている。

 本講義では、上述した点に加え、例えば、フィールドに身を浸した人類学者が容易に説明されることを拒むような濃密で生々しい現実に遭遇したときいかなる記述ができるのか、とか、民族誌において事実と虚構とはどのような位置づけにあるのか、といった問題に関する実験的論考を収めた論集、Anand Pandian & Stewart McLean (eds) Crumpled Paper Boat: Experiments in Ethnographic Writingを導き手とし、今日の民族誌をめぐる実験的試みの一端を理解するとともにその可能性について検討する。

中村沙絵 入門ゼミ - 身体の人類学(A1)

 人類学(あるいはその関連分野)における身体論を、(古典から現代の)基本的な文献を中心に整理し、論じる。

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名和克郎 Issues and Methods in Cultural Anthropology and Ethnography: Ethnographic Studies on Japan in English and in Japanese: An Introduction (S1-S2)

 In this class, I would like to introduce various ethnographic insights of Japan by critically examining ethnographies written in English and Japanese, and to provide a more comprehensive understanding of the diversity of Japanese studies based on anthropological fieldwork by showing the various cleavages that exist between English and Japanese literature and among multiple (sub)disciplines. The focus will not be on "nihonjin-ron" but on arguments based on empirical research on specific socio-cultural situations.

名和克郎 入門ゼミ - 親族・社会 (A1)

 文化人類学、社会人類学の古典期において理論的にも民族誌的にもその中核にあり、近年新たな展開を見せてもいる親族および社会に関する議論について、全7回の講義で概観する。主に構造機能主義以降の親族に関する研究の発展と変容、また、社会・文化人類学およびその周辺における、社会及び社会性に関する議論の動向について、現在進行形の幾つかの議論とも結び付ける形で、基本的な見通しを得ることを目標とする。

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浜田明範 入門ゼミ - 経済人類学  (S1)

 この授業では、経済人類学の基本的な概念と発想について、古典的な研究から最近の研究までを概観していきます。この作業を通じて、皆さん自身が経済的な現象について人類学的に分析していく際のツールの一覧を提供することを目的としています。

 人間の経済活動にどのようにアプローチするのかは、近代人類学の成立当初から主要な課題のひとつとなってきました。人類学における他の下位分野の議論の展開と関連しながら、また、経済学を始めとする隣接分野との緊張関係のなかで展開してきた経済人類学は、(1)世界各地で日常的に行われている具体的な物のやり取りを、(2)時間的・空間的に広い文脈に位置づけて考えることによって、(3)人間の経済活動に関する代替的な見方を繰り返し提出することに成功してきています。この成功は、贈与や市場や貨幣や負債についての経済人類学における議論が、人類学の枠を超えて繰り返し応用されてきていることにも現れています。

 この授業では、マルセル・モース、カール・ポランニー、クリストファー・グレゴリー、シドニー・ミンツ、デイヴィッド・グレーバーといった論者の議論の要点を確認しながら、「実体主義的アプローチの可能性と批判性」、「生産と再生産」、「全体的社会的事象と人格的交換」、「貨幣と文化」、「市場と配置」、「ケアと福祉」、「ポリティカルエコノミーとサプライチェーン」といったテーマについて議論するための、初発の見取り図を提供することを目的とします。

浜田明範 感染症の人類学・文献講読  (A1)

 2020年より世界中を席巻しているCOVID-19のパンデミックについて人類学はどのように考えることができるだろうか。この授業では、その可能性の一端を探るため、アメリカの一都市における人びとのパンデミックへの対応をドキュメントした民族誌(Emily Mendenhall, 2022, "Unmasked: COVID, Community, and the Case of Okoboji")を講読する。

 受講者には毎回決められた範囲(概ね、40-50ページ)を読んでくることが求められる。また、受講者の人数にもよるが、授業期間中に最低1回のレジュメの作成が義務づけられる。レジュメは授業日の前日の早朝までに受講者で共有し、各受講者はレジュメと本文の内容について話すべきことを用意して授業に望むこととする。

 このパンデミックについて何かしら考えたい人、現代の都市において民族誌を書くことについて関心のある人、英語の民族誌を腰を据えて読みたい人の受講を希望する。

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宮地隆廣 比較社会科学研究 (S2)

 因果関係を重視する今日の政治学分野においては、データの集め方や関連の見つけ方について、従来とは異なる問題意識が持たれるようになっている。文化人類学や地域研究といった、政治学と隣接する分野との差異も意識しつつ、実証的な政治学の基本的な考え方について講義する。

宮地隆廣 社会科学・地域研究の方法に関する英文テキストの講読 (A1-A2)

  社会科学・地域研究に関する英語で書かれた学術書を講読する。まとまった量の英語文献を読み、文意を的確に捉えられているかを参加者全員で検討する。

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箭内匡 自然の人類学—ディナミスムと火山の人類学 (A2)

  文化人類学では近年、「人間」・「文化」・「社会」に焦点化していた過去の枠組みを超克し、人間をそれを取り巻く様々な存在(自然/人為の区別を問わず)との関係の中で捉え直す方向での様々な企てが行われてきている。自然の人類学、アニミズム論、マルチスピーシーズ民族誌といったものがそうした企てにあたるが、この授業では、これまで考察が深められてこなかった、容易に人格化したり合理化したりできない「力」の問題(ディナミスムの問題)を、地質学的なパースペクティブと組み合わせながら、新しい理論的パースペクティブを切り開くことを試みる。(付言すれば、この問題設定は、気候変動のように我々が容易に操ることができない問題にどう取り組むかという今日的な問いにも密かに通じるものである。)

 より具体的には、(1) オセアニアにおける「マナ」の概念についての民族誌的議論、(2) 火山についての人類学的・民族誌的考察、(3) 崇高(sublime)および驚異(wonder)といった概念をめぐる哲学的(および人類学的・社会学的)考察、の3つのテーマがこの授業の中で扱われる予定であり、これらの3つは授業が進む中で相互に絡まり合っていくはずである。

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渡邊日日 演習〈民族誌と歴史〉(S1)

 民族誌は共時的研究,歴史は通時的研究という理解は可能だが,民族誌もまた時の流れに逆らえない。第一に,民族誌的現在は言うまでもなく(ポスト植民地主義論が明らかにしたように)過去の歴史の上に成り立っているゆえ,歴史的説明を一切排除した民族誌はそう簡単には成り立たない。具体的には,記述の実践的要請として民族誌的現在を設定せざるを得ないにしても,設定された現在がどのような時代のものなのかに関する考察を民族誌のなかに織り込まなければならないだろう。第二に,いま書き上げられた民族誌はあっという間に過去に関する歴史的資料となる。そのとき,他のジャンルの研究書と同様に民族誌もまた時の重みにも耐えなければならず,一定の質量を備えたものでないと簡単にスクラップないしは資源ゴミの対象となろう。第三に,方法論的・発想的近接性も指摘できる。歴史人類学の構想に関して同床異夢の悲喜劇はあったにせよ,アナール学派と民族誌とは深い関係にあるし,ギンズブルグの「徴候」という論点など理論的にも重要なものであり続けているものも存在する。上記の観点などから本演習では,民族誌における歴史的枠組に関して近年の英語文献を読んでいき,共時的にも通時的にも視野を広げつつ,研究の基礎体力を増強していくこととする。

渡邊日日 革命前シベリア誌 (A2)

 日本の隣りに位置する極東・シベリアについて,極東の一部(サハリンやウラジオストクなど)の一部(日本統治下の歴史など)は例外としても,知られることはあまりに少ない。本授業では,主に17世紀からロシア革命前までのシベリアについて講義を行う。その際,歴史的経緯から,主に極東よりはシベリアを扱う。また,通史的な流れ(この場合,ロシア帝国の展開の歴史とその思想)を押さえながらも,同時に,先住民世界の多様性に留意し,民族学的説明を重視することとする。なお,シベリアの各地には考古学的遺跡が点在し,その「先史」についての研究も盛んだが,本授業では取り上げない。

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