大学院授業[2021年度]
東京大学大学院・総合文化研究科・超域文化科学専攻
文化人類学コース 開講授業 [2021年度]
以下では文化人類学コース専任・兼任教員による授業を、担当教員名の五十音順で掲載しています。実際には以下の科目のほか、客員教員や非常勤講師の授業も常時開講されています。
藏本龍介 宗教と開発
宗教の伝統は開発実践に大きく貢献してきたが、開発研究はその役割を無視する傾向にあった。しかし2000年代以降、研究者(および政策立案者)の間で、宗教と開発との関わりについての関心が高まっている。こうした開発研究における「宗教的転回(religious turn)」は、世界各地で宗教の重要性が継続もしくは増加していることや、開発に対する既存のアプローチが効果的ではないと感じられてきたことなど、いくつかの相互に関連した要因によって説明できる。もちろん宗教は、暴力から性差別まで、さまざまな種類の不正を維持することにも関与している。いずれにしても、現代の開発を考える上で、宗教の伝統は極めて重要である。
こうした背景を踏まえこの授業では、関連文献の購読を通じて、宗教と開発研究・政策・実践の関係を理解するためのさまざまなアプローチについて理解を深めることを目的とする。具体的には、以下のような問題を取り扱う予定である。
・「宗教」と「開発」(およびその根底にある「世俗」)といった概念はどのように形成されたのか。両者の区別はどのように乗り越えられるか
・宗教と開発は、具体的にどのように関わっているか。たとえば、宗教的伝統は、開発実践をどのように形成してきたか。逆に、開発実践の展開は、宗教的伝統をどのように変容させているか。
・「宗教と開発」をテーマにした人類学的(民族誌的)研究とはどのようなものか
授業では、初めに教科書的な文献を用いて基本事項を確認した後、より細かい議論に入っていく予定である。文献リストはこちらで準備するが、受講生からの文献の提案も歓迎する。
藏本龍介 宗教人類学の新潮流
1990年代以降、「宗教」概念の系譜学的研究が盛んになり、この概念が西洋近代という文脈において構築されてきたことが明らかにされてきた。こうした「宗教」概念の脱構築を経た現在、どのように「宗教」を定義し、そして研究することができるのだろうか。この授業では、「宗教」概念をめぐる諸問題を確認した後、宗教に対する新たなアプローチをしている民族誌を輪読することによって、上記の課題を検討することを目的とする。文献リストはこちらで準備するが、受講生からの文献の提案も歓迎する。
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関谷雄一 人類社会のレジリエンスを考える
レジリエンスとはもともと物理的な「強靭性」「回復力」などを示す用語であったが、日本語ではとりわけ2011年の東日本大震災以降、災害復興の文脈で、災害レジリエンスといった用語で幅広く使われるようになった。本講座では、レジリエンスを「危機や逆境に対応して生きのびる柔軟な力(奈良・稲村 2018)」ととらえ、文化人類学の文献を中心に様々な領域で議論されてきた人類が社会のレジリエンスを考察してみたい。もちろん、昨今の「新型コロナ禍」に向き合う人類社会のレジリエンスについても議論してみたい。
関谷雄一 現代アフリカ開発の諸相
本講座では、2000年代以降に出版された、現代アフリカ開発を取り扱った様々な民族誌を読みながら、それぞれに固有の問題や共通する課題について議論をしていく。都市と農村、ホームレス、ディアスポラ、参加型開発、小規模農民と商品作物栽培、地下資源収奪、国内避難民、開発と教育、開発と子ども、開発と映画、文化の商品化など、テーマはバラバラではあるが、現代アフリカ開発が人々や社会の間にもたらす経済的利益や恩恵だけではなく、周縁化や格差など、共通して出てくる問題についてどのような分析が可能かを検討していく。
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田辺明生 人類学・地域研究の課題と方法
本授業では、現在という時代における人類学および地域研究の課題と方法を考察することを目的とする。中心的な問題は、多様性を肯定しつつ普遍性を語ることはいかに可能か、という問いであるように思われる。現在重要なのは、個人や文化の認識の違いといったレベルをこえた、世界のより深い異質性や多様性を承認しつつ、同時に、それらのあいだの通約可能性や対話可能性を支えるさらにより深い普遍的な位相を探究することではないかと、わたしは考えている。こうした知の営みはいかに可能になるだろうか。
このためには「合理性」と「想像力」という二つの知の様式あるいは世界の語り方を双方共に尊重することが必要ではないかと思われる。つまり、世界を客観的に計測して因果関係で説明する合理性と並んで、多様なものの経験や立場をイメージし、身体・情動的なレベルで理解しながら、対話のなかで自他が相互変容する想像力が重要であるということだ。
さらに言うならば、「合理性」と「想像力」という二つの世界の語り方が緊張と補完をもって創造的なはたらきをするためには、その双方を支える「直観・霊感」という三つ目の知の様式を充実させる必要があるだろう。「合理性」と「想像力」という二つの知の様式の重要性を認識しながら、その〈あいだ〉の深みにおいて「直観・霊感」を研ぎ澄ます実践が、これからの人類学・地域研究にとっては重要だと思われる。
本授業は、人類学および地域研究における新たな潮流を概観すると同時に、現在、自らの研究課題にとりくんでいる学生たちの試みに共に耳を傾けながら、新たな時代のための、人類学および地域研究の課題と方法について議論を深めることを目的とする。
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塚原伸治 複数の民俗学―アメリカ民俗学の検討を中心に―
民俗学は、国際的・学際的な研究動向のなかで位置づけられる近代科学の側面と、それぞれの地域における国民国家形成やナショナリズムの高まりの過程で生み出されてきた、ヴァナキュラーな思想体系としての側面をあわせもっている。これらの特徴から、各地域の民俗学はそれぞれに独特の色合いをもって展開してきており、ながらく各国の民俗学は共約不可能なものとされてきた。しかし、ここ近年、このような民俗学の特性を積極的に自覚しながら、国際的な民俗学の研究動向をとらえ直す試みが盛んになっている。
この授業では、このような前提のもと、アメリカ民俗学の近年の研究動向を検討する。アメリカ民俗学は、長期のフィールドワークにもとづくエスノグラフィを基本的な方法論としている点で日本民俗学と前提を共有しつつ、早期から物質文化や芸術に着目してきたことなど独自性をもっている。授業の前半では特に、文化人類学理論との関係に着目しながらアメリカ民俗学の全体像をつかむ。後半では、20世紀初頭から現在まで、もっとも重要なキーワードのひとつとされてきた「伝統」に着目することで、その独自の展開を浮き彫りにする。
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津田浩司 アジアの文化人類学知
人類学を普遍的学知として位置づけるのではなく、当の学知が時代・社会等のコンテクストと密接に関わり合いながら生産・消費されていく様態への関心から、“world anthropologies”という視角が提唱されて久しい。
日本を含むアジア地域では歴史的に、優れた民族誌(人類学知をテクストとして固定化したもの)を生み出すフィールドとなってきたのみならず、植民地主義と多様な文化的伝統、国民国家体制の浸透と民族問題、開発主義と経済成長、グローバル化と人の移動など、様々な局面において人類学知が要請され、それに応じて展開(いわゆる御用学問として、あるいは抵抗のための学問として)が促されてきた側面が比較的見えやすく、また無視できない。
本講義では、アジア域内(東南アジアを中心に、東、および南アジアを含む)それぞれのコンテクストにおけるanthropologiesの伝統と展開の中で、いかなる実践と理論構築が模索されてきたかを、文献の講読を通じて批判的に検討する。
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中村沙絵 ケアの人類学
人類学が探求してきた事柄の一つに、社会性(sociality)、あるいは集団のなかで他者と相互に関わりあいながら生きる仕方が挙げられる。本講義で扱う養育や養老、医療や福祉に係る諸行為や関係性は、社会の再生産を支える営みであると同時に、この社会性をめぐって、いまだ答えの出ない根源的な問いを提起するものでもある。例えば日常におけるケアの営みは、他者の痛みを体験することができないなかで、私たちは如何に相互に関わり合うのか、あるいはケアという自己贈与(犠牲)をしながら、如何に自らの生を肯定するのか、といった問いを提起する。これらは一見、生活から離れた抽象的な問いにみえるかもしれないけれども、私たちは皆いずれ当事者として、これらに向き合わざるを得ない。本講義では、ケアやサファリングに関する民族誌的作品を中心に読みこみ、また関連する他分野の知見にも学びながら、上述の問いについて議論し、理解を深めることを目指す。
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名和克郎 人類学的集団範疇論入門〜南アジアを中心に
南アジアの事例を中心として、民族、カースト、親族集団、エスニシティ等に関する社会・文化人類学及び隣接諸学の様々な議論を整理しつつ紹介する。具体的には、親族、民族境界、カーストに関する古典的な社会人類学の議論、構造主義以降のカーストに関する議論の展開、植民地状況、国民国家、及び「先住民」等近年グローバルに流通する概念との関係といった問題を扱い、「民族」概念の有効性を巡る議論につなげたい。
名和克郎 「ポピュリズム」の/と人類学・試論──南アジアを中心に
所謂「ポピュリズム」を巡る諸問題への学術的関心は、政治学のみならず、哲学から地域研究、社会学、文学、社会言語学、メディア研究といった幅広い領域で国際的に高まっており、人類学もその例外ではない。他方、「ポピュリズム」を文化人類学との関係で論じようとする時、幾つかの困難に直面せざるを得ない。まず、ポピュリズムの定義及び評価自体に関する学際的論争があり、それらは一方で「民主主義」「自由」「平等」といった概念を巡る理論の蓄積と、他方で現在の世界をどのように把握するかという問題と結びついている。第二に、ポピュリズムという概念自体は、そうした学術的議論に必ずしも拘束されない形で、様々な水準での現実の政治過程との関係で用いられている。第三に、ポピュリズムを人類学的に研究し、或いはそれに関わることは、例えば話を聞く相手に対する共感に関わる「フィールドワーク」のあり方と倫理巡る問題を惹起しがちである。
この授業では、以上のような諸問題を意識しつつ、「ポピュリズム」の人類学的研究、及び「ポピュリズム」的状況でのフィールドワークの可能性及びその困難について、考えていこうとするものである。「試論」とあるのは、結論や、提供される知識のセットが、前もって想定されているわけではないからである。なお、私の地域的専門から、南アジアの事例を中心に取り上げる予定である。
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宮地隆廣 開発途上国を中心とする国家の政治学的分析の基礎
英語のテキストを読み、開発途上国を中心とする国家の政治学的分析における学術史的潮流を理解する。
宮地隆廣 エルマン・サーヴィス再読
昨今の政治学における国家形成論において、人類学者エルマン・サーヴィス (Elman Rogers Service) の研究が注目を集めている。この科目では、前半で彼の主著である『未開の社会組織 進化論的考察』を講読し、後半では最近の国家建設の議論におけるサーヴィスの議論の扱われ方を検討する。
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森山工 教育=教化対象としての〈異人〉から社会的アクターとしての〈異人〉へ: 〈女性〉の場合
人類学や社会学においては、何らかの意味で通常社会の外部に位置すると見なされた〈異人〉を、教育=教化(éducation, instruction)の対象として設定し、教育=教化のプロセスによってそれを通常社会に同化、ないしは統合しようとするアプローチが存在してきた。これに対して、相対主義的、構築主義的アプローチが主流となるなかで、人類学や社会学は、そうした〈異人〉が通常社会と不断の相互作用・相互交渉を営む社会的アクター(acteur social)というべき存在者であると認識するようになってきた。本授業では、このように〈客体〉と見なされた〈異人〉が〈主体〉と見なされるにいたる学術的認識の転換を踏まえながら、〈異人〉像の変化について考察をおこなう。そうした〈異人〉は、〈移民〉であったり〈植民地現地民〉であったり〈外国人〉であったりと、多様な現れを見せるが、このセメスターでは、そうした〈異人〉として〈女性〉を取りあげる。
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箭内匡 アフェクトゥス論演習
アフェクトゥスの概念は、現代人類学において、また現代社会一般を考えるうえで、重要な役割を果たしうる概念である。このゼミでは、昨年末に刊行された『アフェクトゥス−−生の外側に触れる』(西井凉子・箭内匡編、京都大学学術出版会)に収められた諸論考を主要な素材としつつ議論を行う。
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渡邊日日 講義:人類学的思考の軌跡
マリノフスキとラドクリフ=ブラウンが画期的な民族誌をそれぞれ出版し,医師でありイギリス社会人類学の先祖の一人でもあった(さらに,今から言えば医療人類学の父祖とも言える)リヴァーズが(旧世代が去っていくかのようにして)亡くなった,1922年が近代的・専門的な文化(社会)人類学の誕生の年だとすると(リーチが『社会人類学案内』28頁で述べたように),今年は百年祭の〈前夜祭〉ともいうべき年であり,祝祭ムードを準備しても良い年である。だが,諸要素が離合集散していく史的過程を想像すれば,かつ,ディシプリンもまた隣接の議論との相互腐食により生まれ変わりを繰り返していくことを考えれば,人類学的思考の系譜は他のディシプリンと同様,かなり長く考えられるべきであって,1922年は確かに重大な転換点だったとはいえ一つの通過点に過ぎない。本講義では,古代ギリシャから1960年代までの人類学的思考の軌跡を追い,直線的な学説史の凡庸さに陥らないように注意しながら,その特徴と強み(もちろん弱さも)を解説していく。その際,いわゆる研究の「方法論」にも留意する。
渡邊日日 演習:未来の人類学
この演習のタイトルには二つの意味がある。未来ということを対象にした民族誌的議論を輪読し,未来について考える(未来について考えることを考える,も含む),という意味が第一であり,そうした作業を通して今後の人類学の行く末を考える,という意味が第二である。過去があって現在があり先に未来があるという不可逆的直線的時間のモデルが普遍的か否かという問題は無視できないにしても,多くの人々が(人とは限らないにしても),既に知っている事柄やこれまでの経験に基づいて先を見通し,対処しようとしている,とは言えるだろう。「時間」や「未来」といった他に,「不安」・「希望」・「リスク」・「不確定性」・「デザイン」・「作る」などが本演習で扱う概念となる。Juan Francisco Salazar, et al. (eds.) Anthropologies and Futures: Researching Emerging and Uncertain Worlds (London: Bloomsbury, 2017)やRebecca Bryant & Daniel M. Knight (eds.) The Anthropology of the Future (Cambridge: Cambridge University Press, 2019)などを中心に,受講者の希望を聞きつつ文献リストを作り,輪読していきたい。