中村沙絵
中村 沙絵 NAKAMURA, Sae [准教授]
【総合文化研究科・教養学部スタッフ】
老病死、ケアと看取り、福祉に関する人類学的研究。痛み・苦悩の表現における身体と言葉。日常の営みにおける倫理と「知ること」(knowing)。主たるフィールドはスリランカ、南アジア。最近は水俣にも足をのばしています。
大学院在籍時に訪れたスリランカの高齢者施設の世界に惹きこまれて、研究を本格的に志すようになりました。いまだに当時の経験に立ち返って考えたり、書いたりすることが多いです。
これまでの研究
単著『響応する身体——スリランカの老人施設ヴァディヒティ・ニヴァーサの民族誌』(ナカニシヤ出版、2017年)では、英領期後期のセイロン(現スリランカ)において、チャリティの現地化というかたちで誕生し、以来、変容しながら定着してきた高齢者施設を主な舞台に、現代スリランカにおける老いと家族をめぐる状況、施設での生の経験とこれを支える地域福祉、老病死に携わるなかで醸成される関係倫理について考察しています。同著は、慈善や人道主義(humanitarianism)とよばれる事象を固定した権力関係の中で捉えようとする見方に対して、ダーナ(布施)という文化的装置を媒介に施主と入居者(及び施主の亡き家族の魂)が居合わせながら配慮し合うような運営様態の歴史的形成と関係生成を描いた部分(第二部)と、施設での生死・看取りの経験に迫る部分(第三部)を二つの柱としています。後半にかけて明示的に描かれるように、その老病死に関わる者と死にゆく入居者との情動的・間身体的遭遇、自明の世界に裂け目が走るような経験が、自他の苦悩への感受性の深まりとともに祈りに近い関係を生成すること、これが当該社会では一般的に「反文化」とみなされている施設での生が投げかける問いであり、また希望でもあると論じています。
現在の研究関心
臨床の場のFW——生死の把握、介入、統制が志向されるまさにその最中において、生の脆弱さや過剰さが露わになるような現場(≒「臨床」の場)に身をおいて思考すること。最近は開発による環境汚染や風土病など、環境に広がりつつもつれ合う生の脆弱さ・過剰さに臨むという広義の意味での臨床の場のFWを考えています。
ケアと日常倫理、福祉文化の創造——ケアをめぐって言語化されずらい領域(操作対象化、他者化あるいは横領、相手や状況をfixせずになされるさしあたりのかかわり、「逸れ」、繰り返しと習慣の生起)とこれらを言語化/表現することによる福祉文化の創造。捉えどころのない経験や「現実のむずかしさ」を受けとめる道徳哲学の潮流=日常言語学派と民族誌の対話。後者は医療や福祉の文脈に限るものではなく、私自身の日常における近しくも不可解な者たちとのやりとりから、民族や宗教といった分かりやすい他者との分断と共生までを含む広い関心となっています。
文学と民族誌、ジャンルをめぐる実験——上記の関心を深められるような「聴き方」、フェミニスト・エスノグラフィーをはじめとする、別様の書き方を、これまでの作品の再訪を通じて、あるいは実験的に、模索すること。
その他、自分の身の回り、あるいはスリランカの知人・友人たちをとりまく状況や出来事から影響を受け、研究関心は常に動き多方向に広がっています。講義も上述の関心に応じて開講しています(ケアの人類学、身体の人類学、文学と民族誌、喪と悼みの民族誌、フェミニズム理論と民族誌等)。
大学院進学を考えている方へ
私にとって人類学的フィールドワークとは、遠く離れていたり、属するコミュニティが異なったりして、それまでふかく交わることのなかった人々と互いに係り合いになりながら、生を部分的にでも分かち合うような経験でした。
特に、老病死や介護・看取り、生活のなかでの汚わいなど、言葉をあてることも、経験を共有することも決して容易ではない――けれども、私たち誰もが(いずれ)遭遇するという意味では普遍的な――生の位相をみていく場合には、(書物を読んだり議論を重ねたりすることに加え)身をもって巻き込まれ、係り合いになり、生を部分的にでも分かち合うような経験が、新たな対話や思考を切り拓くうえでは、とても大事なことだと感じています。
私たちは混沌とした世界を生きています。皆さんと議論しながら、少しでもほんとうのことに近づこうとし(そのほんとうのことに近づくとは何を意味するのかについて考え)、その面白さを分かち合えたら、こんなにうれしいことはありません。
主な仕事
【書籍】
『汚穢のリズム―きたなさ、おぞましさの生活考』左右社, 2024(共編著)※「汚わいの倫理」研究会
Life, Illness, and Death in Contemporary South Asia: Living through the Age of Hope and Precariousness. (co-edited by Matsuo Mizuho and Funahashi Kenta) Routledge, 2023(共編書)
『響応する身体—スリランカの老人施設ヴァディヒティ・二ヴァ―サの民族誌』ナカニシヤ出版, 2017(単著) ※UTokyoBiblioPlaza
【論文・ブックチャプター】
「臨床の場のフィールドワーク」大村敬一・中空萌編『フィールドワークと民族誌(放送大学教材)』放送大学教育振興会, 2024
「理性的言語をこえて―別様に聞く、書く」『フィールドワークと民族誌(放送大学教材)』放送大学教育振興会, 2024
「きりがない―ゴキブリの足音が聴こえた朝」酒井朋子・奥田太郎・中村沙絵・福永真弓編『汚穢のリズム―きたなさ・おぞましさの生活考』左右社, 2024
「ゆだねる―よだれかけとちぐはぐなイメージ」『汚穢のリズム―きたなさ・おぞましさの生活考』左右社, 2024
「コーラ・ダイアモンドの言葉が響くとき」『國學院雑誌』125(2), 2024
「フェミニスト・エスノグラフィと「聞き書き」の実践」『現代思想』2023年9月号, 2023
"Patching the Relation of Care: An Essay on Senility, Intimacy, and Old Age Allowance in Urban Sri Lanka" in Matsuo, Nakamura and Funahashi eds., Life, Illness, and Death in Contemporary South Asia: Living through the Age of Hope and Precariousness. Routledge, 2023
"Destitution in Old Age: Living Through Asymmetrical Relations." in Awaya & Tomozawa eds. Inclusive Development in South Asia. Routledge, 2023
「道徳哲学と民族誌の「もう1つ」の交わり方—きれいな分析を拒む現実に留まること/逸れること」『文化人類学』86(2)号, 2022
「人道主義的な贈与のポリティクスと倫理的想像力―スリランカにおけるコロナ禍での外出禁止令発令時の支援を事例に」『文化人類学』85(4)号, 2021
Fiction in the making of intimacy in old age: a case from Sri Lanka. Contemporary South Asia. 29(1), 2021
「〈剥き出しの生〉が媒介する共同性―スリランカの老人居住施設における老いと看取りの現場から考える」田中雅一・石井美保・山本達也編『インド・剥き出しの世界』春風社, 2021
「現代スリランカにおける社会保障手当と老年扶養―ケアの関係性はいかにひらかれるか」小池誠・施利平編著『家族のなかの世代間関係—子育て・教育・介護・相続』日本経済評論社, 2021
「スリランカの社会福祉」日下部尚徳・増子勝義編『新・世界の社会福祉第9巻南アジア・オセアニア』旬報社, 2020
「『健康格差』からみるスリランカ社会 ―医療行政の展開に着目して」『南アジアにおける民主政治と国際関係』京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科附属南アジア研究センター, 2019
"Rethinking the Ethics of Palliative Care: An Ethnographic Case Study in an Ola Age People's Home on the Southwest Coast of Sri Lanka." Rethinking Religion, Ethics, and Political Economy in India and Sri Lanka: Critical Perspectives from Japan. RINDAS, 2019 ※当該論文にもとづく発表動画
「スリランカ・シンハラ社会のヴァディヒティ・ニヴァ―サにおける看取りと死に関する一考察」(2014)『アジア・アフリカ地域研究』13巻2号
「現代スリランカの慈善型老人ホームとダーナ」(2011)『南アジア研究』2011巻23号
「現代スリランカにおける慈善型老人ホームの成立―ダーナを通したチャリティの土着化」(2011)『アジア・アフリカ地域研究』10巻2号
【エッセイ・概説など】
「再会―四年ぶりのスリランカ」『月刊みんぱく』2023年11月号, 2023
「スリランカ民主社会主義共和国」樺山紘一・中牧弘允編『世界のクリスマス百科事典』丸善出版, 2023
「よだれかけとちぐはぐなイメージ」(2023)汚わいの倫理研究会ウェブサイト
「ゴキブリの足音を聴いた朝」(2021)汚わいの倫理研究会ウェブサイト
「スリランカ連続爆破事件―その後の世界を生きる」(2019)『世界』922号
「『多民族』状況を生きるスリランカのムスリムたち 」(2018)『アジアに生きるイスラーム』イースト・プレス
※その他、詳しくはResearchmapに掲載
【文化人類学研究室・教員関係ページ】
教員紹介(全体)・・・コース教員一覧(各教員の研究内容概要、個別ページへのリンクを含む)
教員による著書・・・スタッフの著作の表紙画像(内容紹介ページへのリンク付き)
進学を考えている人へ(全体)・・・教員スタッフからのメッセージ(「進学情報」セクション内)
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オオツキ グラント ジュン OTSUKI, Grant Jun [准教授]
藏本 龍介 KURAMOTO, Ryosuke [准教授] (東洋文化研究所)
後藤 はる美 GOTO, Harumi [准教授]
関谷 雄一 SEKIYA, Yuichi [教授]
塚原 伸治 TSUKAHARA, Shinji [准教授]
津田 浩司 TSUDA, Koji [教授]
中村 沙絵 NAKAMURA, Sae [准教授]・・・本ページ
名和 克郎 NAWA, Katsuo [教授] (東洋文化研究所)
浜田 明範 HAMADA, Akinori [准教授]
箭内 匡 YANAI, Tadashi [教授]
渡邉 日日 WATANABE, Hibi [教授]
森山 工 MORIYAMA, Takumi [教授] ※兼任教員、総合文化研究科地域文化研究専攻